1990年代初頭、液晶ディスプレイ(LCD)技術がノートPCに採用されたことが、今のディスプレイ業界出現の契機となりました。LCDは、それまでのCRT(陰極線管)ディスプレイとは比較にならないほど薄く、携帯性に優れていたからです。
その後20年間に、LCDはノートPCやニッチ市場向けデバイスを超えて普及して、テレビやモニタではCRTを置き換えたほか、スマートフォンなど新しいデバイスも登場させるなど、ディスプレイ業界を席巻しました。そして今、次の技術交代の波が始まりつつあります。有機発光ダイオード=有機EL(OLED)ディスプレイがコンシューマ機器分野でLCDに取って代わろうとしているためです。そのほかにもミニLED、マイクロLED、マイクロOLEDといった興味深いテクノロジーの登場も近づいてきています。名称が似通っていて紛らわしいですが、これらはどれもはっきり異なる技術で、長所、課題、用途、実用化までの見通しなども一様ではありません。
OLEDは高コントラスト比で色域が広く画質が鮮やかで、しかも曲げたり折りたたむこともできるなど、各種のフォームファクタに対応が可能です。すでにスマートフォンではOLEDが広く浸透しています(普及率は2021年で40%前後とみられ、今後さらに拡大していくと見られています)。ラップトップやタブレット、モニタなどのより大画面のデバイスでも、今後数年内に採用が進むと見られています。
この「OLEDの波」を受けて、ディスプレイ業界は変貌しつつあります。新設されたスマートフォン工場ではすべてのラインがOLED向けとなっており、近い将来には大画面ファブへの投資もOLED向けとなるでしょう。これはApplied Materials(AMAT)のような製造装置を扱う企業にとっては朗報です。OLEDはLCDに比べて工場の設備投資額がはるかに大きいためです。
OLEDへの移行は、テクノロジーの巨大な波となり、今後10年にわたって広くディスプレイ分野全体に変革をもたらすと見られています。
ミニLEDはLCDを機能強化するもので、LCDメーカーがOLEDとの性能のギャップを縮めようと開発を進めている技術の1つです。
ミニLEDを採用したLCDは、液晶パネル背後のバックライトにきわめて微細なLED(100~1,000μmサイズ)を搭載することで、画素の輝度制御を向上させています。
ミニLEDバックライトは、従来のLCDよりも明暗のコントラストがはっきりしています。これは複数のゾーンで輝度をローカルで調整できることに起因するもので、OLEDと比べてコントラスト性能のギャップをある程度狭めることができます。問題は、費用対効果のトレードオフです。OLEDのコントラスト比にある程度近づけるためには、ミニLEDは10,000個以上のチップとこれを駆動するアクティブマトリクスバックプレーンを備えた高性能バックライトが必要となるためです。このバックライト用バックプレーンは、LCD画素駆動に使われるメインのバックプレーンとは別に用意しなければなりません。結果として、従来のLCDよりは鮮明だがOLEDほどではないディスプレイ、という位置付けになり、しかもコストは少なくとも現行のOLED程度になってしまいます。しかも、OLEDに比べて色域が狭く、レスポンス時間が遅い上に、フォームファクタの厚みも増す、というデメリットも残っています。
ミニLEDが単にLCDのバックライトを機能強化しただけであるのに対し、マイクロLEDは(OLEDと同じく)自発光型のディスプレイ技術となります。使用するLEDのサイズは50-100μm以下で、それぞれが赤、緑、青のサブピクセルとして機能します。
マイクロLEDは、ほぼあらゆる評価分野でOLEDやLCDと同等以上の性能を発揮します。画質やフォームファクタはOLEDに引けをとらず、しかもOLEDのような堅牢性や寿命に関する課題もありません。輝度はLCDやOLEDを上回り、消費電力も低いという、マイクロLEDはまさに究極のディスプレイ技術と言えます。
しかし、問題点が2つあります。製造の容易性とコストです。製造面での課題の一例が、製造工程のピックアンドプレース方式です。マイクロLEDを一つ一つ画素エリアに配置するのは容易ではありません。4Kディスプレイには2,400万個前後のサブピクセルがあり、8Kディスプレイでは1億個ほどになります。そのため、マイクロLEDディスプレイを作るには、製造されたサブミクロンサイズのLED数千万個を基板から剥離して、それぞれ所定のサブピクセル内に正確に配置して、電気接続を確保する必要があります。この「ピックアンドプレース」工程には歩留まりリスクがつきまとうことになります。花粉の一粒一粒をロボットハンドでつまんで操作するようなデリケートさが求められるからです。現在さまざまなピックアンドプレース技術の開発が進んでいますが、主流のコンシューマ向けディスプレイの生産性や歩留まり要件を満たすものはまだ登場していません。その上、コストの問題もあります。製造性の問題に加えて、数千万個のLEDチップに本来かかるコストの高さを考えると、マイクロLEDディスプレイはまだ主流を占めるにはほど遠いと言わざるを得ません。実際、現在市販されているマイクロLEDテレビの価格は軽く10万ドルを超えています。せめてコストを100分の1以下にしないと、最もハイエンドなテレビという位置付けでも販売は難しいでしょう。
こうした製造面とコスト面の課題があるため、少なくとも今後数年間はマイクロLEDの用途はAR(拡張現実)やウェアラブルデバイス、超ハイエンドの公共情報ディスプレイといったニッチ分野に限定されるでしょう。しかし、イノベーションと改善が進めば、2030年以降には主流のコンシューマ機器分野でマイクロLEDがOLEDを脅かす存在になるかもしれません。その日が来るのが待ち遠しく思えます。
マイクロOLEDも、ディスプレイ分野で注目されている新テクノロジーの1つです。1インチ当たり1,000画素以上という高解像度を実現し、VR/AR(仮想現実・拡張現実)などのニアアイ アプリケーションに適しています。マイクロOLEDは、ホワイトOLED(WOLED)技術に類似したフロントプレーンを使って製造できます(ホワイトOLEDは現在、テレビに採用されている技術で、白色光を放つブランケットOLED層を基板上に蒸着し、これにカラーフィルタを重ねて赤、緑、青の透過光を得ます)。しかし高解像度と微細な画素を得るには、半導体製造技術を使ってシリコンウェハ上にバックプレーンを形成する必要があります。
マイクロOLEDは実現可能な技術だが、用途は小型のニアアイ ディスプレイやプロジェクション ディスプレイに限定されると見られ、主流のアプリケーションで現行のOLEDに対抗することは考えにくいです。
LCDは30年近くにわたってディスプレイ技術の主流を占めてきました。次の技術転換を担うOLEDはもう現実となっており、今後10年間にファブ投資の新たな波を呼び込むと見られています。これが技術転換の主流になることは確かですが、他の技術も一翼を担おうと狙っています。
AMATは、これらの技術転換は、いずれも事業にプラスになると見ています。OLEDはLCDに比べてファブ当たりの設備投資が約2倍となるため、バックプレーン、フロントプレーンの両方で事業機会が広がるでしょう。ミニLEDはバックライト用に2つ目のバックプレーンを必要とするので、プロセス装置のステップ数が増えます。マイクロLEDは、ダイ製造とハイエンドのバックプレーンに関するさらなるイノベーションが必要であり、フロントプレーン関連におけるAMATの半導体・ディスプレイ技術にとっても大きな機会創出の可能性を秘めています。マイクロOLEDは、ターゲットこそ市場の一部分に過ぎず小規模ですが、AMATのディスプレイとウェハベースのソリューションを生かす好機をもたらすでしょう。
ディスプレイ業界では画期的な新技術が視野に入っており、今後10年間の見通しは明るいと言えます。AMATはお客様や同業他社、パートナー企業とともに、消費者に向けてよりダイナミックで驚きに満ちたビジュアル体験を創出していきたいと考えています。