編集部注:本稿はゲストライター市川紘氏による寄稿。市川氏はシリコンバレーの不動産テック企業に勤務しながら、日本に向けて 現地アメリカの最新動向を発信中
世界の不動産市場は約2京4000兆円という天文学的な巨大マーケットである一方で、依然として昔ながらの業態が多く残っており、テクノロジーによる進化が遅れている産業でもあります。ここに数多くのスタートアップ企業や投資家がビジネスチャンスを見出しており、2018年には世界の不動産テックへの投資総額が約5000億円を超え、前年比+80%の伸びとなる見込みです。
この投資総額の50%以上はアメリカのスタートアップ企業への投資で占められており、アメリカの不動産テックは世界で最もホットな業界の一つと言えます。
現在、私はシリコンバレーの不動産テック企業で働いており、最前線の現場情報に触れる機会が多いので、その経験をもとにカオスマップを作成してみました。「B2C(消費者向けビジネス)」と「B2B(不動産業者向けビジネス)」で上下に大きく分けた後、さらに細かくカテゴリーを分け、カテゴリーごとに代表的な企業8社をピックアップしており、これさえ見ればアメリカの不動産テックの全体像を捉えられるようになっています。
個別の企業を紹介するとても長くなってしまうので、ここではアメリカ不動産テックの「B2C」「B2B」それぞれの最新トレンドについて解説したいと思います。
【背景】:B2Cにおける不動産テックの主戦場は長らくマーケットプレイス事業でした。テック企業がこれまでオフラインに散在していた情報をオンライン上に集約することで、ユーザーが自ら検索・比較をして意思決定をできるようになりました。
仲介、賃貸、商業、投資、ローン、そして民泊にいたるまで、一定の市場規模が存在する分野には漏れなくマーケットプレイスが立ち上がり、ユーザーの情報収集のオンライン化が進みました。「マーケットプレイス事業」の対になる概念は、実際に商品やサービスを提供する「実業」です。
固定費がかからず新規参入しやすいマーケットプレイス事業とは対照的に、実業は手間暇がかかり、店舗やオフィス、人件費などの固定費を抱える必要があるため、テック企業からは敬遠されてきました。しかし、直近のトレンドとして、この実業の領域に満を持してテック企業の参入が相次いでいます。
背景の一つは、マーケットプレイス市場のレッドオーシャン化です。
カオスマップをご覧いただくと分かる通り、各分野に専門特化したウェブサイトが数多く立ち上がり、マーケットの白地がなくなってきています。もう一つの背景は、実業におけるビジネスチャンスの大きさです。マーケットプレイス事業は結局のところ、実業プレイヤーの販促費予算を奪い合っているに過ぎません。
実業そのものに参入すれば、これまで戦ってきた販促費市場の捻出元である巨大な市場を狙うことができますし、マーケットプレイスと比較してテクノロジーによる進化も遅れていてチャンスも大きいため、次なるターゲットとして注目されているのです。
【具体例】:一口にテック企業の実業への参入と言っても、これにはいくつかのパターンがあります。
①:テクノロジーを生かして既存の実業プレイヤーをリプレイス
一つ目は、既存の実業プレイヤーと同じ業態で参入しつつ、テクノロジーで差別化を行ってマーケットシェアを奪うパターンです。例えば仲介領域では、これまでZillowやRealtor.comといったテック企業が中古物件を比較検討できるマーケットプレイスを提供してきました。
一方で、130兆円を超える巨大な中古仲介取引のマーケットは老舗の大手仲介会社が独占してきましたが、ここに新興のテック仲介会社が挑み始めています。テック仲介会社の代表例は、エージェント向けの業務支援システムを強みとしソフトバンクからも資金調達を行っているCompass、店舗を持たずリモートワークモデルを運営することで、エージェントから徴収するマージンを引き下げているexpです。
その他にもテクノロジーを活用して業務効率を高めることでユーザー向けの仲介手数料を引き下げるディスカウント仲介会社(Open Listings、PurpleBricks、REXなど)も増えてきています。
またファイナンス企業に関しても、従来のLending TreeやBankrateのような複数社のローンを比較検討できるマーケットプレイスの立ち位置から一歩踏み込んで、自らローン商品を提供するテック企業が出てきています。無店舗でオンラインに特化することで低い利率を実現するQuicken Loansや、AIによる融資審査に強みを持つSoFiがその筆頭格です。
②:テクノロジーを生かして新たな市場を創造
テクノロジーの進化をベースに、自ら実業プレイヤーとして既存の市場をディスラプトして新しい市場を創り出すのが二つ目のパターンです。価格アルゴリズムを活用して、仲介ではなく自ら物件を買い取って転売する「iBuyer」という業態が代表例です。
この業態は、Opendoor、Knock、Offerpadといったスタートアップが開拓してきたのですが、そこに仲介領域の巨大マーケットプレイスZillowやRedFinも参入してきており、まさにマーケットプレイスから実業へのシフトを体現する事例となっています。
またファイナンス企業のカテゴリー内でも、物件を証券化して購入資金を提供する企業(Figure・Easy Knock)や、物件購入が有利になるキャッシュ一括購入のための短期ブリッジローンを提供する企業(Ribbon・FlyHomes)といった、従来のローンとは全く異なる独自の金融ソリューションを提供するプレイヤーが出現しています。
③:直営モデルによってユーザー体験を向上
マーケットプレイスは、第三者としてユーザーに幅広い選択肢を提示できることが強みです。その反面、掲載されているのは他社の商品・サービスのため、結局のところユーザーの満足度はこの他社に左右されてしまうという課題があります。
そうなってくると、ユーザー体験を重視する企業はマーケットプレイス型のビジネスモデルをとらず、あえて固定費を抱えるリスクをとってでも自ら直接ユーザーに商品・サービスを届けることを志向します。コワーキングスペースという新しい領域において、スタートアップがオフィスを検索できるマーケットプレイスではなく、自分たちのカルチャーを反映した直営オフィスの立ち上げというアプローチとっているのが分かりやすい事例です。
WeWorkやIndustrious、Croissant、breatherといったスタートアップは、それぞれのコンセプトやカルチャーに沿った直営オフィスを展開しています。
民泊のマーケットプレイスであるAirBnBが自ら直営アパートメントNiidoをスタートしたのも同じような文脈です。
民泊用のアパートを自らデザインすることで理想の民泊をフラッグシップ的に実現し、マーケットプレイスよりも一歩踏み込んでユーザー体験を向上させることを目指しています。
【背景】:かつて不動産業界は紙と電話に依存した非常にアナログな業務を行っていましたが、この業務をデジタルに置き換え効率化することでB2Bビジネスは成長してきました。書類ベースだった日常業務がバックオフィスシステムに、手帳やファイルで行なっていた顧客管理はCRMに、検討初期段階の内見は3D/VRに、職人の勘による価格査定やマーケティングはデータ分析ツールに、書面とサインでの契約手続きはクラウド/電子署名に置き換えられてきました。
このように急激に業務のデジタル化が進んだ反面、デジタルに置き換えることが困難なアナログ業務が近年浮き彫りになってきました。そういった業務を無理にデジタル化することなく、「アナログのまま残しながら、テクノロジーで後方支援する」というビジネスが次なるトレンドになりつつあります。
【具体例】:例えば、オンライン経由の問い合わせの増加に伴い、エージェントは本気度がまばらな大量のユーザーの一次対応に追われ、肝心の接客の時間を割けなくなってきている、という課題があります。
そこに対して、AgentologyやUpcallといったアウトソース企業は、「問い合わせはイタズラではなく本物か?」「ユーザーは本気で検討しているのか?」といった項目を確認するスクリーニング業務を電話で実施しています。彼らは、いまだに電話でのやりとりがメインという業界の実態に合わせ、電話というチャネル自体を無理に変えることはしていません。
そのかわり自社のシステムを整備することで生産性の高いコールセンター組織を立ち上げ、スクリーニング業務を低コストで受託しています。また集客のオンライン化が進んだとはいえ、いまだにチラシのようなアナログな集客チャネルも根強く残っています。
チラシにも一定の効果がある前提で、デザインや印刷発注をオンラインで簡単に行えるImprevやBreakthtough Broker.comといった企業が人気を集めています。またチラシというプッシュ型のマーケティングが特に有効な売り物件の獲得のために、SmartzipやCoreLogicはビッグデータ解析によって最適なチラシ配布エリアを提案するツールを提供しています。
いずれもアナログなチラシという集客チャネルを無理に変えるのではなく、テクノロジーをベースとした制作プロセス効率化やターゲティング精度向上によってチラシの費用対効果を改善するというビジネスです。
不動産のB2C領域は、もともと仲介会社やエージェント、工務店、ローン会社といった実業を中心に回っていましたが、インターネットの登場以降、マーケットプレイスの存在感が増し、直近はテクノロジー化の波に乗った新世代の実業プレイヤーが再度注目を集めています。B2B領域は、アナログで非効率だった業務をデジタルに置き換えることで成長してきましたが、そのシフトが一段落した今、残ったアナログ業務をいかに効率的に生まれ変わらせるかが鍵になってきています。
B2C: 実業→マーケットプレイス→実業
B2B: アナログ→デジタル→アナログ
といった形で、テクノロジーはベースにしながらも、これまでとは逆のベクトルの揺り戻しのような進化が目立ち始めているのが最近の特徴です。カオスマップからは省きましたが、B2C領域では、実業プレイヤーとしてiBuyer企業やコワーキングスペース企業が増えてきた結果、逆にiBuyer向けのSold.comやコワーキングスペース向けのCoworkerのようなマーケットプレイスが登場し始めています。
B2B領域では、Compassがエージェントの業務支援としてIoTのスマート看板を提供したり、大手仲介会社Keller Williamsが不動産エージェント向けAIアシスタントKellyを開発したり、ロボットを使って遠隔で内見案内するエージェントが出てきたりと、最新の技術によって再度デジタル化が加速する兆しもあります。これらは、かつての「実業→マーケットプレイス」「アナログ→デジタル」のトレンドの再燃ともいえる動きで、こうやって実業とマーケットプレイス、アナログとデジタルの行き来を繰り返しながら、螺旋状に進化していくのだと思います。
ブログではこうしたアメリカ不動産テックの進化を、より戦略やビジネスモデルを深掘りしながら紹介していますので、ご興味があればご一読ください。
著者プロフィール:リクルートに入社後、SUUMOにて営業・プロダクト・経営企画マネージャー・新規事業開発部長として従事。現在は、米国の不動産ポータルMovotoの副社長としてシリコンバレーを拠点に活動。10年以上にわたる日米の不動産テックの経験を生かし、自身のMedium(ブログ)や不動産テック専門メディアSUMAVEでの執筆、日本企業へのコンサルティング、Proptech JAPAN副理事といった活動にも取り組んでいる。
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