本研究成果は、強誘電体[1]の比誘電率を大幅に、簡便かつ可逆に制御する原理を発案しただけでなく、強誘電性ネマチック液晶を用いた実用的なフォトコンデンサ素子への応用が期待できる。
強誘電性ネマチック液晶はごく近年報告が相次いだ新しい概念の液晶で、有機分子としては最大級の10,000を超える比誘電率が報告されている。しかし、この強誘電性の起源はまだ不明であり、ひいては応用の可能性も未知であった。
今回、研究チームは、強誘電性ネマチック液晶の材料に、光応答性を持つ有機分子を少量添加するという極めて簡便な方法で、可視光に応答し比誘電率がおよそ100倍も変化する材料を開発した。さらに、この材料を用いてフォトコンデンサ素子を作製し、静電容量を大幅かつ可逆に制御できることを示した。
本研究は、オンライン科学雑誌『Nature Communications』(3⽉3⽇付︓⽇本時間3⽉3⽇)に掲載された。
目次
「強誘電性」は不揮発性メモリ[4]などさまざまな素子の原理として用いられる重要な物性で、空間対称性[5]の破れた物質だけに発現する特殊な性質を持つ。強誘電性の多くは結晶など固体状態で現れるが、近年では、「ネマチック液晶」と呼ばれる高い流動性を持った状態の有機物においても強誘電性が報告されており、有機物としては最大級の10,000を超える比誘電率が確認されている。
ネマチック液晶は光シャッター[6]として利用できることから、スマートフォンやテレビなどの表示素子に広く用いられている。しかし、強誘電性を持つネマチック液晶はごく最近になって発見され、固体材料にはない流動性・柔軟性を持つことから、表示素子にとどまらず、広くエネルギー材料やロボティクス材料への活用の可能性から注目されている。その一方で、その強誘電性の発現原理は未解明であるため、基礎科学研究が行われている。
デジタルカメラなどの撮像素子、太陽電池、光検知センサーなどには、光に応答する材料や素子が多く利用されている。これらの材料や素子にはさまざまな原理があり、例えば、光応答性を付与した「フォトレジスタ」という光に応答し電気抵抗を変化させる素子、「フォトダイオード」という電力を発生させるダイオード素子など半導体材料を利用したものがある(図1)。一方、電気を蓄えたり放出したりする素子コンデンサもあるが、光応答できる「フォトコンデンサ」の報告例は多くなく、また既存のフォトコンデンサでは光応答に伴う静電容量の変化は大きくなかった。
研究チームは、強誘電性ネマチック相を示す含ジオキサンフッ素系液晶性化合物のDIOと呼ばれる材料(図2上)に、光応答性を持つ有機分子を少量添加するという極めて簡便な方法で、可視光に応答し比誘電率がおよそ100倍も変化する材料を開発した。添加した光応答性分子には、強誘電性ネマチック液晶に対する高い混合親和性を持ちながらも、可視光によって光異性化反応[7]を示すアゾベンゼン基[7]を持つ色素(通称Azo-F)を新たに合成した(図2下)。
Azo-Fを添加した強誘電性ネマチック液晶は、波長500~550ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の緑色の光を照射すると比誘電率が減少し、波長400~450nmの青色の光を照射すると比誘電率が増加した。Azo-Fを4%混合した強誘電性ネマチック液晶では、光照射前の比誘電率は最大値で約18,000(εmax)だったが、緑色の光(波長525nm、180mW cm-2)を30秒照射することで、最小値で約200(εmin)まで下げることができた(図3A)。この状態に青色の光(波長415nm、7mW cm-2)を30秒照射すると、比誘電率は最大値である18,000にほぼ戻り、このときの比誘電率の変化率(εmax-εmin)/εmaxは99.5%にも達した。この変化率は、光だけでなく熱や電場など各種外部刺激に応答する従来の誘電体[1]材料の中で最大である(図3C)。
また、緑色と青色の光を交互に照射することで、この変化を可逆に、かつ何度も(100回程度まで確認)繰り返すことができた(図3B)。応答時間についても、レーザーなどのより強い光を用いることで、数秒以下で同様の変化が得られた。
次に、光による状態変化を紫外-可視吸収分光測定[8]やX線回折法[9]、偏光顕微鏡[10]観察により解析した結果、緑色の光を照射したときにはAzo-Fが「シス体」と呼ばれる嵩高い状態に光異性化することで、強誘電性ネマチック液晶の配向秩序に擾乱を与え強誘電性の分極構造を破壊し、強誘電性ではない通常のネマチック液晶に相転移[11]していることが確認された。一方、青色の光を照射したときには、Azo-Fは「トランス体」という親和性の高い状態に光異性化することで、強誘電状態を復元することが分かった。これは、強誘電性ネマチック液晶では、分子の局所的な配向構造が強誘電性の発現に関わっていることを示している。
強誘電性ネマチック液晶は流動性を持つため、平坦な電極の間に挟むだけで電極間に拡がり、平行平板コンデンサを構成できる。理想的なコンデンサの蓄電容量は比誘電率に比例するため、強誘電性ネマチック液晶を用いたコンデンサは、通常のネマチック液晶を同じように挟んだ場合と比べ、およそ1000倍も大きな静電容量を持つ(図4)。
コンデンサの電極材として、可視域において光透過性を持つインジウム・スズ酸化物半導体(ITO)[12]を用いると、素子の内部、つまり光応答性の強誘電性ネマチック液晶まで光を届けることができる。従って、コンデンサの静電容量は緑色、青色の光の照射による比誘電率の変化に応じて増減させることができ、フォトコンデンサが実現できる。
そこで、平坦なITO電極に光応答性強誘電性ネマチック液晶を挟んだだけの「液晶セル」と呼ばれるシンプルな原理デバイス(電極面積50mm2、電極間距離17.8マイクロメートル[µm、1µmは1000分の1mm])では、静電容量を約4ナノファラッド(nF、1nFは10億分の1ファラッド)から360nFにわたって光制御できることが確認された(図5)。静電容量の絶対値はコンデンサ電極の面積および距離によっても変わるが、材料を電極に挟んだだけの簡単な素子にもかかわらず静電容量がnF~µF(1µFは100万分の1ファラッド)と、広く使われる実用的なコンデンサと同程度の範囲にあることは、工業的に大きな利点になると考えられる。
さらに、実用状態に近い電気回路での動作を確認するために、このフォトコンデンサを電気発振回路[13]へ組み込み、光照射下での動作を調べたところ、100Hz~8.5kHzの範囲で発振周波数を変化させることができた。この周波数は人間の可聴範囲にあるため、発振回路をスピーカーに接続することで、発振周波数の変化を音の高低変化として捉えられる(動画参照)。100Hz~8.5kHzの動作周波数範囲は上記の4nF~360nFの静電容量変化に対応するが、動作限界周波数はこの外側にあると考えられる。従って、少なくともこの範囲では正常なコンデンサとして動作し、また光によって自在に制御できることを示している。
今回実現した光応答性の強誘電性ネマチック液晶は、その破格の光応答性から、これまでにないさまざまな光電気素子を実現するものと期待できる。一例として示したフォトコンデンサは、単純な構造でありながら光照射によって高容量状態と低容量状態とを行き来できることから、電力需要に応じて自在に出力電力を変化させる蓄電装置など、新たな電気素子の要素技術となり得る。
本研究では加熱が必要な材料が使用されたが、室温でも利用できる強誘電性ネマチック液晶は既に開発されており、これを用いることで室温でも動作するフォトコンデンサは実現可能である。さらに基本的な素子構造は液晶ディスプレイと同じであるため、既存の液晶技術・産業基盤を利用できる可能性も期待できる。