“チップ上のトランジスタ数は約2年ごとに2倍になる”。――半導体業界が長く達成し続け、近年は鈍化しつつあり、そしてついに終焉を迎える時が迫っている“ムーアの法則”は、プロセッサに興味を持つ者なら誰もが知るところだろう。そもそも“法則”といっても、“ムーアの法則”の場合は、一定限の普遍性を持つと仮定できる自然科学の“法則”と比較すると、もっとゆるい、どちらかというと経験則の部類で、実のところマーフィーの法則と大して変わらないものだ。
だからと言って意味がないとか、容易に例外が起こりうるということではなく、実際過去50年以上もの間、この“ムーアの法則”を指標値として、半導体性能を向上させる努力が続けられてきたという意義を持つ。
【SIGGRAPH2019 Intelカンファレンスより】1965年Electronics誌Vol.8における“ムーアの法則”のオリジナル“ムーアの法則”50年の軌跡後藤氏の解説によると、この“ムーアの法則”は“経済則”であり、初期投資コストに見合うリターンが得られず、経済的合理性を失った瞬間に破綻するのだという。チップに形成するトランジスタを増やす方法は、チップのサイズを大きくするか、トランジスタのサイズを小さくするか、その両方をやるか、ということになる。
仮に、チップのサイズを大きくして2倍を達成するとなると、初期投資は必要ないとしても原材料費が2倍必要になり、製造コストがリニアに増えることから、この方法は採用できない。一方で、トランジスタのサイズを小さくして2倍にする、つまりプロセスルールの微細化による場合には、微細化のための初期投資が必要なものの、原材料費は変わらない。
【プロセッサ技術トレンド】厳密にいうと“ムーアの法則”は、トランジスタ数増加による性能向上には言及していないが、ここに“デナード則”と“ポラックの法則”を考え合わせると、同一のチップ面積に2倍のトランジスタ数を形成する微細化が達成できれば2倍の性能になる。よって“ムーアの法則”は、“プロセッサの性能は約2年で2倍になる”という理解でも、そう大きな間違いではなかった。
2000年から2006年にかけて、180nmに始まり、130nm、90nmを経て最終的に65nmまで微細化されたIntel「Pentium4」までは、微細化によって、高密度、低電圧、高クロックを実現して性能を向上させていたため、原材料コスト的には何の問題もなかった。“タダ飯”(Free Lunch / 無料の昼食)というのはやや極論ではあるが、その後のあの手この手の高性能化のための方法論と比較して、ほぼ微細化に注力していれば良かった時代は、今よりはるかに低い初期投資コストであったことは間違いない。
【微細化プロセス技術】ただし、この「Pentium4」微細化の過程で、性能向上を阻害する高い壁が立ちはだかった。リーク電流の問題だ。リーク電流が発生すると誤作動を引き起こしたり、消費電力が上昇して発熱につながる。プロセッサが常に発熱していると、同じく発熱要因である高クロック動作は望めないことから、結果的に性能向上は頭打ちになる。
以降の微細化による性能向上は、常にこのリーク電流との戦いだといっていい。高クロック化をほどほどに、「Core」プロセッサの登場以降マルチコアでのトータルの性能向上に方向転換するも、リーク電流対策として、回路設計上あえて動作の“間引き”を行って、最大性能を犠牲にしてでも消費電力の抑制を優先しなければならないところまできている。
【“ムーアの法則”を阻む問題点】そればかりか、微細化によって如何に多くのトランジスタを形成したところで、リーク電流を抑えきれず消費電力が下がらないことから、最近ではプロセッサ全体に同時に給電できない“ダークシリコン”問題が顕在化し始めている。動作させられないのならば、もはや何のための微細化で、何のためにそれほど多数のコアを搭載するのか分からなくなってしまう。
これが“ムーアの法則”の終焉を迎えつつあるプロセッサの抱える大きな課題で、PCのみならず、スマホやコンソールハードであっても、同じ問題を抱えている。
【“ムーアの法則”を阻む問題点】【SIGGRAPH2019 Intelカンファレンスより】“コンピュータのクラス群の誕生と死についてのベルの法則”