麻倉怜士さんが注目するHDR(ハイ・ダイナミックレンジ)対応モニター・開発者インタビューの第二弾をお届けする。今回採り上げるのは、EIZO初の有機ELモニター「FORIS NOVA」だ。同社のモニターは、業務用はもちろんデザイン関係者の間でも多くの信頼を集めている。さらにFORIS NOVAは家庭でのプライベートユースを意識しているというから、StereoSound ONLINE読者の中にも気になっている方は多いだろう。その成り立ちを麻倉さんに解き明かしてもらった。(編集部)
●有機ELモニター
EIZO FORIS NOVA オープン価格(EZIOダイレクト販売価格¥350,000、税別)
麻倉 今日は銀座にあるEIZOガレリア銀座にお邪魔して、EIZOブランドの21.6型4K有機ELモニター「FORIS NOVA」についてお話を聞かせていただきます。まずはFORIS NOVAの概要から教えてください。
梶川 マーケティングコミュニケーション担当の梶川と申します。FORIS NOVAは当社としては初めて有機ELパネルを使った4Kモニターで、プライベートな空間で高品位な映像を楽しんでいただけるようにと企画しました。もちろんHDR信号の再生も可能です。
麻倉 先程FORIS NOVAの絵を見せていただきましたが、これ見よがしではない自然な精細感と階調感のある映像がとても素敵です。有機ELらしい、自発光の滑らかさがあり、強調感、押し出し感のない、生成り的なビジュアルがとてもよかった。そもそも表面がノングレア処理なので、近づいてもギラツキ感がない。プライベート視聴で、近接して見るのにふさわしい画質だと思います。
梶川 当社でもその点は意識しました。例えば30代中頃の男性で、『ゲーム・オブ・スローンズ』のような海外ドラマシリーズにはまっている方がリビングのテレビで観ようとすると、奥様に「子供の前でそんな残酷なシーンは駄目」と止められてしまうことも多いと聞きます。
でも書斎や寝室のPCやタブレットでは、あれだけ凝った綺麗な映像を正しく楽しむことができない。これはもったいないですよね。そんな時にFORIS NOVAを使っていただけると、このシーンではこういう表現をしていたんだとか、こんな絵づくりだったのかと、監督や制作陣の狙いまで発見できるのではないかと考えました。
麻倉 「FORIS」は液晶テレビが出始めた頃にもあったシリーズ名ですね。液晶テレビはまだまだだといわれていた頃に、驚くほどの高画質を見せてくれました。あのときもしっとりした画質で、そのイメージもよく似ています。
松波 EIZO表示デバイス開発課の松波と申します。あの頃のHiViで、麻倉さんから「はんなり」した画調だと評価していただきました。これは当時から続く当社の方向性だと考えています。
梶川 今回のFORISにはNOVAという製品名をつけました。NOVAとは“新星”の意味ですが、当社としてはユーザーさんに映像から新しい発見をして欲しいと考えました。
麻倉 “EIZO”の“映像”から新しい発見がある、いい提案ですね。映像モードなどは準備されているのでしょうか?
松波 HDRとしてはHDR10(PQカーブ)とHLG(ハイブリッド・ログ・ガンマ)用のモードを準備しています。
麻倉 さて、FORIS NOVAに使われている有機ELパネルはJOLEDの21.6型です。これはRGBの印刷方式で造られたパネルで、色やコントラストの再現がひじょうに優れています。医療用やPCで使われていますが、モニターへの採用は今回が初めてではないでしょうか。
中北 JOLEDパネル事業本部の中北です。パネルをお褒めいただきありがとうございます。当社では今回、FORIS NOVAに採用していただいたことで、新しい製品分野が開拓できたと考えています。これまでは業務用が中心でしたが、こういう展開もあったのだと教えていただきました。
麻倉 JOLEDとしては、これまではB to Cに行こうという発想はなかったのですね。ところで、EIZOブランドとの協業はこれが初めてになるのでしょうか?
中北 JOLEDとしては初めてになります。
松波 われわれはモニターを造っているメーカーですので、液晶に限らず、いいデバイスがあればそれを使いこなして映像制作者が思い描いている映像を表現していきたいという願いがあります。
JOLEDさんは印刷方式の有機ELパネルを製造している貴重なメーカーということもあって、これまでも展示会等でコンタクトを取らせてもらっていましたが、今回ようやく製品化までたどり着きました。
実際にパネルを見せていただき、コントラスト再現や黒の締まり、厳しい映像も忠実に再現できる能力があることを確認できましたので、このパネルを採用しました。
麻倉 EIZOとして初めての有機ELモニターですが、このパネルを最初に見た時の印象はいかがでしたか?
松波 黒がちゃんと黒になっている、その安定感に驚きました。
麻倉 やはり、液晶パネルでは黒再現に不満があった?
松波 黒再現は、様々な液晶パネルなども試してかなり頑張っているつもりです。ただ今回の有機ELパネルには、それでも出せない黒があると感じたのです。
麻倉 それはいつ頃のことだったのでしょう?
松波 2017年後半で、製品開発がスタートしたのが2018年の春頃でした。
麻倉 商品化決定に至るきっかけは何だったの?
鷹橋 映像商品開発部の鷹橋です。私はFORIS NOVAの開発全体を統括する立場でしたが、今回の新製品については薄くて、軽く、黒も締まるという点を活かしたいと考えました。
2017年12月に発売した「ColorEdge PROMINENCE CG3145」などColorEdgeシリーズのモニターは映像制作の現場に向けたプロ用ですが、FORIS NOVAではそれを楽しむ側、エンドユーザーの皆さんにも同じような感動画質を提案しようと思ったのです。そのためにはJOLEDさんのパネルが有益だと考えました。
麻倉 EIZOとしては既にCG3145があったわけで、こちらは明るさ1,000nitsをクリアーして、コントラスト比100万:1という優れたモニターです。それとFORIS NOVAは何が違うのでしょう?
松波 CG3145はバックライトを使っているので輝度の点では有利です。HDRコンテンツが増えていることもあり、映像制作現場では、明るさもきちんと出すことが求められます。当然、明るくてハイコントラストなモニターも必要で、CG3145はそういった声に応えるものです。
麻倉 FORIS NOVAの輝度ピークはどれくらいですか?
松波 ピークが330nits、全白で132nits前後になります。
麻倉 なるほど、明るさという点では液晶に分があるのですね。
松波 おっしゃる通りです。ただ、有機ELは暗部の再現力が違いますので、単純に比べられるものではないと考えています。
麻倉 この有機ELパネルは印刷方式という点も大きな特徴です。つまりRGB発光方式なわけですが、その点もFORIS NOVA用に選んだ理由になるのでしょうか?
松波 大型テレビで使われている白色有機ELパネルでもそれなりの表現はできていると思います。今回は、RGB方式だからというよりもコントラスト再現などを重視して選んでいます。
また21.6インチというサイズで4K解像度が持っている、その精細度とコントラスト再現が重要でした。HDRコンテンツと組み合わせた場合の奥行感、立体感を最大限に引き出したかったのが採用理由になります。
麻倉 ところで、FORIS NOVAのデザインは従来のEIZOのモニターとはかなり違っていますが、これはどんな狙いがあったのでしょう?
鷹橋 すっきりしたデザインと、買って下さった方に質の高さを実感してもらうために、シャーシにもアルミダイキャストを使いました。画面そのものが浮いているようなイメージを表現するには、プラスチックでは耐久性にも不安がありましたし、質感も物足りませんでした。
薄さを活かしたフォルムを見せたかったので、基板などの電子回路はすべてスタンド側に収納しています。
麻倉 最近の大型テレビはフレームレスデザインが中心ですが、FORIS NOVAはこのフレームがあるからこそ、画面が安定していると感じます。
梶川 この画面サイズで4K表示の緻密さにふさわしいソリッドな造型も実現できているのではないかと思います。モニターとしてこういったデザインを採用したのは、当社としては初めての試みになります。
麻倉 となると、それに相応しい絵とはどんなものなのかも重要です。21.6インチという画面サイズも含めて、絵づくりではどんな点を攻めたのでしょうか?
松波 色々苦労しました(笑)。そもそも有機ELモニターという製品自体が新しいジャンルで、数もそれほど多くありません。それもあり、経年変化などをどう設定するかにも苦心しました。
麻倉 輝度が高いと寿命は短くなりますから、もっと明るくしたいと思っても、そう簡単にはいかない。そのバランスも難しそうですね。
松波 そのあたりもJOLEDさんと相談しながら最適値を探していきました。
中北 当社のパネルがもともと持っている能力と、EIZOさんがターゲットにされている仕様がありますので、どこに落とし込むかは難しかったですね。有機ELパネルはまだまだ発展していくデバイスだと考えていますので、これから輝度も上げていけると思っています。
麻倉 パネルそのものは、FORIS NOVA用にチューンしたのでしょうか?
中北 量産パネルを基本にして、FORIS NOVA用にチューニングしています。
麻倉 モニターとしては、色や階調再現も重要です。そのあたりはどのように進めたのでしょう?
松波 FORIS NOVAのコンセプトを考えた場合に、HDR対応は外せませんでした。HDRと有機ELの組み合わせがベストという思いもありましたので、HDR10とHLGのどちらも表示できるようにしています。
麻倉 HDRの再現にはピークも必要ですから、輝度と黒再現のバランスが難しいですね。
松波 そこを両立できたのがFORIS NOVAのポイントだと思います。ピークで330nitsという数値だけ聞くと、暗いのではないかと感じられるかもしれませんが、ある程度灯りを落とした環境なら充分な表現ができていると思います。
麻倉 プライベート視聴では画面に近づいて見ることも多いでしょうし、その場合は輝度を落とすから問題ないでしょう。今日も照明を落とした状態でFORIS NOVAの絵を拝見しましたが、古い建物の艶や日の当たった屋根の輝きの再現もよかったですね。色域はどれくらいなのでしょうか?
松波 DCI-P3をほぼフルカバーしていますので、映画コンテンツではまったく問題ありません。
麻倉 デモ映像では、富士山の夕景の映像も拝見しました。大型の有機ELテレビではこういったシーンでバンディングのようなむらが散見されるのですが、FORIS NOVAではそれがありませんでした。何か電気的な処理を行なっているのでしょうか?
松波 黒を潰すような処理は特にやっていません。今回は内部処理を16ビットで行なって、パネルには10ビットで入力しています。パネル側は10ビット階調をフルに再現できますので、バンディングなどはほぼ気にならないと思います。
中北 特殊な事をしているわけではありませんが、当社もガンマの再生にはこだわりがありますので、その点が自然な階調再現につながっています。
麻倉 デバイスの特性を熟知しているからこその画質ということですね。それに関連して、パネルの使いこなしのポイントはどこにあったとお考えですか?
松波 ひとつは輝度をどう考えるかだと思います。大画面になると視野角や寿命も問題になります。そういった点を理解して、パネルをどう使えば一番能力を引き出せるか、どんなコンテンツに合うかを考えた結果がFORIS NOVAにつながっていると考えていただければと思います。
麻倉 RGB方式の有機ELは技術的なメリットがあるし、素直に絵づくりすれば、はんなりした高画質を楽しめると言うことが確認できました。今後はもう少し大きなサイズも欲しいですね。
中北 先日、当社の能美事業所で新しい量産ラインが稼働しました。そちらではG5.5(1.3×1.5m)サイズのマザーガラスが使えますので、来年以降は今よりも大きなパネルも量産していきたいと考えています。
麻倉 ということは、30インチ台も可能になる?
中北 そのあたりを目指したいと思います。
麻倉 映像の楽しみ方はふたつあります。ひとつが大画面に没入することで、もうひとつは緻密な小画面と対話するという方法です。
小型には小型ならではの魅力があるということが、FORIS NOVAで改めて体験できました。この大きさで、4K/HDRを楽しめるのだから、35万円という価格もお買い得ですね。
松波 当社は長い間モニターの開発を続けてきました。液晶だけでなく、色々なデバイスを検討してきています。今回はその技術の蓄積が活きたのではないかと考えています。
麻倉 ソニーが「BVM-X300」の生産を終了してしまったので、映像制作の現場で有機ELモニターを欲しがっている人は多いと思います。今後は、FORIS NOVAをベースにした完全プロ用モニターも期待したいと思います。
梶川 ありがとうございます。皆さんの期待に応えられるよう頑張ります。
中北 当社も、輝度も含めてより進化した有機ELパネルの研究開発を続けていきますので、ご期待ください。
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